Works2025.06.27

Listening to the Voice of the Sea
海の声に耳を傾ける

感性を支えるもの、知るということ

ものがたりと食を通して海を知る

2021年の春から2024年の春まで、丸3年間、スティルウォーターは、ひとつの、海のプロジェクトに関わる機会をもらいました。

お話しをいただいた当時は、コロナ禍で外出はもちろん、人気の少ない広い海や山へ気軽に行くことさえ憚られる状況でした。同時に、「日本財団 海と日本人」に関する意識調査から見えてくる、近年において人が海へ行く機会が減っているという背景もあり、当初の相談内容は、家で過ごす時間を活かして、映画や小説、エッセイ、音楽などに海産物が登場する海の食材を用いたレシピを、海洋に関わる課題や知識と共にオリジナルコンテンツとして、オンラインで展開することが主でした。

東京を拠点にしている私たちにとって、海は、日常から少し離れた存在だと感じています。心が動かされる本やアート、音楽や舞台と同じくらい、スティルウォーターのメンバー皆が大切にしている食べること、この二つの感性からのアプローチだったら、私たちの“好き”を活かして、海を思う時間を手繰り寄せることができるかもしれない。そのようにして始まったのが、「ものがたり」と「食」を通して「海」を伝えるウェブメディア「海のレシピproject」でした。

 

GIRL. BOY. SEA.

海のレシピprojectの企画を考え始めたとき、『少女と少年の海の物語』クリス・ビック著、杉田七重訳(東京創元社)という、1冊の本に出会いました。

父親に勧められて夏休みに仲間とともにヨットのクルーとして海にでて嵐に襲われ、ひとり、遭難した15歳のイギリス人の少年ビルと、同じく嵐で遭難したらしい謎の少女が、国境のない海で出会う物語です。

「お話しは大事なの。食べものと水が大事なように」と語るのは、アーヤと名のる少女。

想像を絶する自然の脅威と戦う中で、少年ビルは、アーヤが語る「物語」に希望を見出していきます。物語に引き込まれてぐいぐいと読み進めていくうちに、自分もまたその希望が意味することについて、今を生きるこの社会に重ね合わせずにはいられませんでした。私たちは読書という体験から、物語という世界の扉を開き、まだ知ることのない経験や感情に触れて、新たな自分に出会うことができます。作家によって生み出される想像の物語は、現実の世界で起きている事実とは異なりますが、時にそれは、事実以上に強い力を持っていて、気づけば今の自分を支える礎のひとつになっていると思うのです。

今回、アーヤの言葉に心を動かされた私は、これはいつ書かれた本なのだろうと、奥付を開いて発行日を確認するとなんと!たまたま本を手にしたその日が初版日で、偶然の出会いに心が弾んだのはいうまでもありません。『少女と少年の海の物語』から私は、知らない世界を想像する力と、生きる上では欠かせない食べることを追体験し、海のプロジェクトに取り組む後押しをもらったのでした。

 

私とつながる、海

プロジェクトを通して、海と関わり始めると、飛行機や電車、車での移動中にも、海のある風景を眺める機会が多くなりました。都内から出ることなく半世紀近く生きてきた私は、故郷というものをほぼ意識したことがなく、仕事で赴いた先の地域で出会うひとや風景を重ねていく度に、自分の故郷をそこに求めたくなる衝動にかられていました。故郷の意識がないから、第二の故郷を探したくなる気持ち。

取材で訪れていた五島列島を構成する島のひとつ、福江島から長崎空港へ向かう帰りの飛行機の窓から、行きと同じように、四方八方を海に囲まれた島々を眺めていたとき、ふと、私という「私」は、もっと大きな枠組みの中に生まれてきて、この目の前にある風景そのものが私の故郷の一部なんだ、ということを強く感じた瞬間がありました。不思議な感覚でしたが、遠い存在だった海が、思いがけず故郷という大きな存在と繋がり、海と「私」の新たな関係が始まったのでした。(青木)

 

写真(一番上)・ 高村瑞穂