ブランドのはじまり
“Homeland”は、2020年の4月に初めて緊急事態宣言が出されるよりも前から、日本国内にてキッチンツールを開発するプロジェクトとして、スタートしました。いくつかのお仕事をご一緒してきたアスプルンドさんからのご依頼でした。
家具、食品や雑貨を世界中見渡して選びとり、交渉、輸入、販売までを手がけるアスプルンドさん。良いものを見極める目と、丁寧な現地とのやりとり、何よりも熱意がある担当者の方々。どこにもない「メイドインジャパン」のブランドを作りたい、その際に生産者さんを大切にしたい、とあらかじめ念を押されました。
どんなキッチンにあっても、使う人の美意識を支えるアイテムでありたい
プロジェクトが開始され、全国各地、北から南まで、ものづくりの産地を訪れ、その土地の産品を先代や先先代から受け継いで守り続けている生産者さんの門を叩いていきました。これだけ世の中に溢れている「もの」を目の前に、このタイミングで新たにブランドを立ち上げ、キッチンツールを作る、これはなかなか覚悟のいることです。そこで私たちは、後ろに戻ることのないようにやる理由を考えました。何度も話した結果、理由は2つに絞ることができました。
1つ目は、1日に3度食事をする私たちは、「食べる」ことにとても多くの時間を費やします。その数時間が、美味しくて楽しい時間だったらきっと1日の大半が楽しい時間になる。毎日過ごす場所だからこそ、キッチンで過ごす時間と食卓で過ごす時間を、好きな「もの」に囲まれて過ごせたら幸せだろうな、と考えました。
生活の中にするりと、お馴染みの顔をして在る存在になりたい
生産者さんと取り組む、ものづくりの姿勢について
2つ目は、全国でものづくりをする生産者さんの存在です。どの産地にもものづくりに携わる方々には、そこで作る理由や歴史がありました。たとえば山から木を切り出し川を利用して運び栄えた町に根ざす、木工場。山の水が綺麗な土地で、水をふんだんに使う刃物などの鋳物業、ベビー服を作り続けてきたニットメーカー。湖の土を採取して土を練り、窯で焼き上げる陶園など、地域ごとにその土地の歴史を活かし栄えた産業を持ち、人びとの暮らしを支えてきた技術の数々があります。しかし昭和の終わり、平成に入った頃から、アジア諸国にその製造の勢いを奪われ、価格競争で太刀打ちできず、少しずつ産業が傾き始めました。技術そのものだけでなく、産地自体が消え始めたのです。彼らは今も懸命にものづくりを続けていました。
現在は復旧で大変な想いをされている能登半島も訪れました
かつては毎日動いていた「鋳込み圧力」の機械を復活させるプロダクト開発も
ものづくりに使われる道具も美しく、窯の中に入れられ柱になる「つく」
対話をしていくこと
私たちは、希少な技術と知見、そこに隠れるストーリーを知りたいと思いました。そこで実際に各地に赴き、徹底的に取材し、商品の開発を開始しました。生産者さんと対話を繰り返していくうちに、あることに気がついたのです。日本の技術者は「オーダーに応える」だけでなく、技術者ならではの視点を活かして「クリエイション(創造)」をしてきたということ。考えてみれば当然のことで、毎日ものづくりに向き合っているのです。使い心地、持ちやすさ、適切な重量、普遍的な形や色、リピーターの心理に基づいた価格設定、お客様の潜在的なニーズまで、幅広く頭に入っているしアイディアもある。クライアントからの一方的なオファでものづくりをするのではなく、既にある引き出しから、体験や教訓を持ち出し、あーでもない、こーでもないと話し合いを繰り返していくうちに、作り出されるもの。そんな自然発生的なものこそ、人びとから求められているものであるし、生産者さんも作りたい!心から思うものなのだ、と気がついたのです。
信楽の「松庄」で作られている土鍋。かつて松の木で火を焚いて古琵琶湖の土を焼くことによって出た独特の褐色を、現代の釉薬で再現しています。
艶や質感を大切にしながらも、ごく薄い拭き漆で仕上げているため欅の木目もとても美しくはっきりと感じられル、越前漆器。フォルムの美しさと持ちやすさも。
生産者さんを訪ねると、どんな意識でものづくりをされているのか、空間や設備を見ればすぐに解ります。楽しみながら作られたものは、幸せそうな景色をしています。逆に、渋々作られたものは、所在なさそうに佇んでいます。スタッフ皆さんの会話も、空気感やセンスも、あっという間に解ります。円滑に行っている場合も、悩みや課題を抱えていることも見受けられます。そんな時、私たちは思うのです。そうこうなくっちゃ、ものづくりは面白くない!作りたいと思えるもの、使いたいと思えるものを作ろう。それがお客様に届いて、使い続けてくれるものになったら、こんなに良いことはありません。生産者さんの視点を聞いてみよう。そこにはきっとヒントがあるはず。口数の少ない彼ら、彼女たちとの対話を繰り返す日々が始まりました。
Homelandが考える2つの大切な点
1つ目は、「価格」です。もちろん、競争力のある海外に勝てる価格感と言う意味ではありません。少し背伸びをしても求めたいものは結果的にずっと大切にする、ということを皆さんもご経験されたことがあるでしょう。その少し背伸びしてものか価格感が大切で、決して高額ではなく、かといって安いわけでもない、生産者さんたちの目指したい製造において効率が良く、材料の取り都合や出来上がりの質を落とさないギリギリの「経済ロット」に近づけて製造することが大切です。これは双方の努力が必要で、今まで以上に気にかけた一番大切なポイントでした。実際、発売当初から現在に至るまでも、価格の落とし所については生産者さんとの協議は常に行われていて、少しずつ材料が高くなっている現状があります。ものが持つ本来の価値は、デザインや色だけでなく、それがどんなプロセスで、人々の暮らしも支えながら作られているものか?と言う点が存在するのです。
2つ目は、料理を美味しく楽しくすること。私たちが目指すHomelandは、常に料理と共にあります。飾るものではなく、アートピースでもなく、生活の中に根ざしているものでありたい。例えば、皿を洗っている時でも、乾かすために伏せておいた時でも、愛おしく感じるフォルムかどうか?棚の中で出番を待つ間も、美しいだろうか?料理を盛り付けて相手に手渡すときに、楽しげだろうか?壁にかかっている使い込まれたフライパンが、鈍く輝いていて、なかなかいいなと思えるかどうか?そんなさりげない存在感を放つものであって欲しい。その要素を形作る重要なキーワードは「質感」です。これが生産者さん泣かせだったことは言うまでもありませんが、皆さん根気よく付き合ってくれています。
〜後編に続く〜